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限られた予算内で、どこに“贅沢”をするか。
この家でもっとも長い時間をすごしているのはYさんのお母さんである。ほかの家族が会社や保育園にいってしまったあと、お母さんは家の中での時間を満喫しているとのこと。
「時間帯によって、光や風の入り具合がちがいます。また季節によっても、この家は驚くほど表情を変える。
毎日、時間があると家の中のいろいろな場所に立って、それを確かめてるんですよ。ときどき木材がミシッと音を立てたりするのを聞くと、ああ、この家は生きているんだなとも思いますね」。
建築費は二千五百万円。建築家に依頼した設計料がかかり、床や壁の建材にこだわったわりにはリーズナブルといえるだろうか。
贅沢する箇所や方法を工夫した結果である。たとえば床には、合板ではなく、接着剤などを使っていない自然素材の無垢材を使った。
ただし、幅の広い無垢材にするとかなり高額になるので、細くて短い無垢材を組み合わせて、有害物質の少ない接着剤と釘を使って敷いてある。無垢材は踏んだときの踏み心地がちがうし、室内環境汚染も低いとKさんに勧められたので決めた。
網戸は美観の点から金網だ。Kさんの家と同じく、浴室の天井には桧が張ってある。
天井に張るだけなので節のある比較的安価なものにしたが、それでも香りが高く、ゆったりと浴槽につかりながら天井を見上げると豊かな気分になる。Yさんはたとえばこの桧の使い方など、「Kさんの贅沢の仕方に共感するところが大きかった」という。
「限られた予算の中でどこにお金を使ったらいいのか、頭を悩ませたところでした。建築費はどこで差が出てくるのかとKさんに聞いたら、壁の仕様や床の材質に始まり、こまかいところでは蛇口やドアノブなどでどんなものを選ぶかで大きくちがってくるとのこと。
そしてどこにお金をかけて贅沢するかによって、結果的には家に入ったときの空気感がちがってくるのだ、といわれました。たしかにこの家は、モデルハウスや建売の家とは、入ったときの空気がちがうんです。
肌で感じるものがちがう。私たちが贅沢した部分によって、ちがいが生まれたのかもしれませんね。
家に一歩踏み入れた瞬間に感じられる“空気”に、私はお金を払った気がします」閉じていながら開いている空間Oさんの家の一階に座ると、不思議な安心感に包まれた。はじめて訪ねた他人の家だというのに、ふーとくつろいでぐるりと周囲を見まわす。
私がイメージしていた「女性の一人暮らしの家」とは、なんと趣きがちがう空間だろう。最初頭に描いていたのは、2LDKの小さな家である。
玄関先には色とりどりの草花が植わったコンテナがあって、海外旅行のときに買ってきた置物やコーヒーカップが飾ってあって、アルフレックスの鮮やかな色のソファがあって……とどんどん想像はふくらんでいたのだが、いい意味で見事に裏切られた。Oさんの家は一人でこもる“巣”ではなく、外に向かって開かれたスペースで、しかも緊張感のある空間だった。
第一、彩りが少ない。グレーの壁にいぶし銀の敷き瓦を敷いた床。
それでもなんとなく華やぎがある。Oさんの家は二十八坪の敷地に一階と二階合わせて六七平米とこぢんまりとしている。
一階の入口すぐ右手南側に浴室、左手にキッチン。奥には居間がある。
居間の南側は二階までの全面ガラス戸で、その外側の浴室につづくところがテラスのような空間になっている。東西に長い二階建ての家だが、南側の一部が欠けたような複雑な形だ。
一階の高さまで壁はあるが、その上には白いテント地がはられている。うかがったのは冬の晴れた午後だったが、一階にいるとテント地を通してやわらかな光がもれていた。
「さんさんと日が射し込む家にはしたくなかった。昼と夜とでコンディションが変わらない家にしたかったんです」とOさん。
この屋内とも屋外ともいえず、部屋でもテラスでもない不思議な空間は、浴室につながっている。浴室とこの空間を仕切っているガラスの折り戸を全部開くと、露天風呂の気分が味わえる。
浴槽につかりながら、テラスに舞い落ちる木の葉や月を眺められるのだ。浴室前のテラスの一畳分ほどが深さ五センチほど下がっていて、水が張られている。
夜になると室内の明かりを反射して、風情のある“池”のようだ。ときにはロウソクを浮かべてみたり、子どもたちが遊びにくると格好の水遊び場になるとか。
「夏には水着パーティーをやりたい。浴槽の縁にみんなで腰をかけて月を見ながらビールを飲むと、きっとおいしいわよ」とOさん。
階段をのぼると、寝室にしている和室があり、吊り橋のような“廊下”をわたったところに、「作業場」とOさんが呼ぶ部屋がある。パソコンが置いてある机があり、作りつけの本棚や靴箱もある。
作業場の東側の引き戸を開けるとテラスにつづいている。Oさんはマメに大工仕事もするそうで、屋内と屋外の両方で作業ができるこのアトリエ的場所が便利で気に入っている。
テラスの一隅につけられた外階段をおりると家の前に出てくる。つまり家の入口は一階と二階の両方にあるわけで、テラスにつながる階段を使えば一階の居室を通らなくても作業場に出入りできる。
将来もし独立して仕事を始めるとしたら、仕事関係の人には、外階段を使って直接作業場に来てもらうことができて、仕切ってしまえば独立したSOHO的オフィスとして使うことも可能になる。「部屋同士をドアや壁で仕切ることは極力していないんです。
でも、床のレベルを変えたり腰までの高さの壁をもうけることで寝室や仕事部屋を仕切っているとはいえます。仕事をしているときに寝室が見えないこと、仕事の道具や資料を広げっぱなしにしているのがほかの部屋から見えないようにすることを設計のときにお願いしました。
おかげで家のどこにいても、家全体の広がりを感じていられるんですけれど、個々の場所にいるときには独立した空間として落ち着けます。」外から見るとけっして大きな家ではないのだが、中に入るとずいぶんと広々と感じられた。
たぶんそれは壁やドアがとても少ないからだろう。一階と二階を明確に仕切ってもいない。
家の内と外の分け方にしても、外の空間とのつながりが失われない工夫がこらされている。Oさんの家に遊びにきた子どもたちは、一階の入口から飛び込むと二階へと階段を駆け上がって、吊り橋を渡り、デッキから階段を下りて、また入口から飛び込んでくる、ということを際限なく繰り返すそうだ。
靴を脱がずに家の内と外を行き来できると知って興奮するらしい、とOさんは笑った。Oさんの友人がこの家を見て、「舞台みたいだ」といったそうだ。
日常の生活臭がしない簡素な空間で、非日常的な何かが起きる予感がする、という意味だろう。パーティーで趣向をこらすのにぴったりの舞台だとOさんも考えている。
家の中でも靴を履いているのは、緊張感を保っていたいから。「さあ、働くぞ、という気になるでしょ。
家の中でだらだらしているのはいやなんです。くつろぐのはいいけれど、だらしなくすごしたくはない。
あえてリビングという場所をつくらなかった理由もそこにあります。リビングって何をするところなのだろうと疑問でしたから」リラックスしながら、背筋を伸ばして暮らすのはとてもむずかしい。
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